自衛隊のキノコ狩りが始まった
発病しているか否かを問わず
菌のキャリアであれば彼らは容赦無く連行していく
当然だ 症状が現れてしまったあとでは
至近距離のショットガンすら効果が無いのだから
彼らが唯一の判断材料とするデリリメンシス反応は
他の菌の感染にも反応してしまう厄介なものだが
キノコ人間菌に感染していれば間違いなく反応するため
他に頼るものがない以上それを使わざるをえない
闇に紛れて人知れず再上陸を果たしたぼくら三人は
とりあえずそれぞれ自分の家に帰り 機を見て再合流することにした
危険なのは承知の上だが それでもやはり一度帰りたかった
何も変わっていないはずの家のドアを開けると
父は酒も飲まずにソファーに深く腰掛け
植物のような虚ろな眼でテレビを見ていた
「ただいま」 を言いそびれ立ち尽くすぼくに
父はただ一言 「母さんが連れてかれた」 と呟くように言う
こともあろうに奴らは
虫も殺さぬぼくの母の後頭部にマシンガンの硬い銃口を突き付け
「抵抗すれば直ちに射殺する」 などと言い放ったのだという
テレビに映った迷彩服の自衛官は
彼らは沖縄の無人島にあるサナトリウムに移り
祈りをささげながら幸せに暮らすのだとにこやかに話す
嘘八百だ 公海に出たところで
ぼくらと同じように船内のガス室に閉じこめ
そのまま船ごと沈めてしまうに決まっている
シャワーを浴びて出てくると
父が二人分のたまごチャーハンを作っていた
いつも通り 見た目より味で勝負の一品だ
味は悪くないし腹も減っているのに
なぜだかあまり口に入らない
菌の暴走を防ぐには精神を平静に保つのが一番だ
だから無言で箸を動かす
今は考えてはいけない 感じてもいけない
一瞬でも涙を見せたらぼくは終わりだ
「今日中には帰る」 と努力目標を告げて家を出た
港では古ぼけた豪華客船が
いまだ続くキノコ狩りの悲鳴を聞きながら
片道分の燃料を積んで眠りについているはずだ
対キノコ特殊部隊の連中は住宅地でも手加減なしなので
海岸で仲間達と合流したら 街全体に実現規則反転をかけてしまおう
そうして自衛隊の奴らを圧搾空間に巻き込んだら
一人残らず唇を奪って 完膚なきまでに菌糸まみれにしてしまおう
奴らの口から溶けた脳味噌が吐き出されるのは
ちょっと気持ち悪いけどとてもいい気味なので
ぼくはさっきから武者震いが止まらない
こんな状態がずっと続けば
暴走の恐怖とは一生無縁なのだけど
もともとが気まぐれな人間なので
きっと港に着くまでには元通りだろう